母との思い出・・・
奈良町っていう、、知る人ぞ知る、、横浜市ではあるものの、そのイメージとはかけ離れた原始的な?!生活を送っていました
僕の家の隣にはヒデちゃん一家が住んでおり、何があっても夕食はヒデちゃん家でみんなでワイワイ食べ、、終わったら『ドリフ』やら『プロレス』やら、、チャンネルの主導権を子供達総勢で全力で汗だくになり争っていました
折り紙のように小さかった僕の奈良町の思い出と言ったら、2つしかありません。一つは今はもうないのかな?緑色のみかん、、夏も冬も永遠食べてました。爪にはみかんの皮の白い部分。。もうひとつはヒデちゃんと母が塩を少々振ったクシャクシャになったパサパサのサツマイモ。。。それが僕達のメインのオヤツでした
糖度30%みたいなのとは正反対の、、飲み物がないと苦しくなるほどの、、カピカピした、、固く、でもほんのり甘く、色白く、土の匂いを感じる気配のオヤツでした。。今はそういうのが非常に愛おしく思います。。母さん、ヒデちゃん、、本当にありがとう
僕にとって『お袋の味』はただ一つ、、彼女が揚げたコロッケ。。僕はこのとっておきのコロッケを頬張り、『このコロッケ食べたら、勉強した事全部忘れちゃうよ』
もっとさかのぼって、母が僕に初めて誕生日プレゼントを買ってくれたのも覚えています。それはずっと欲しかった『ファミコン』じゃなくて、、、『ホーキング博士の自伝』。僕の本の人生はそこから始まりました。僕も大人になり、様々な本を読み漁り、時には母と本の意味について、口喧嘩になることもあるくらい、彼女は僕に本への情熱を与えてくれました
それから更に僕も大人になり、歌舞伎や音楽、手打ち蕎麦から俳句まで幅広く話したね
今は、僕にはその相手がいなくて心底寂しいです。メリークリスマス、、セッチャン・・・
8月最後にとても素敵なプレゼントをいただきました
俳句の仲間たちによる彼女への追悼句
一人ひとり全く異なる視点から素敵な句が沢山
そして思いがよく伝わりポロッとくる
皆さんに見せずいられず、ちらっと見せます
本当にありがとうございます
事前知識
『家族ががんになったら読む本』で検索すると、関連書が沢山出版されているのがわかります
今回経験した僕が共感する箇所が沢山あり、前もって知識を蓄えるべきだったと、僕は非常に後悔しました
事前知識の有無で家族の気持ちのゆとりの幅なども大きく違っていたと思っています
(本人の前では聞けない時も多々あるので)投与された薬の名前をメモして、本人の具体的な痛み、病状など、ある程度把握できる事もあります
モルヒネ投与や緩和治療への誤解も解けることもあります
推奨する食べ物、声掛けの内容、振る舞い方、本人の気持ちなど精神的な事も、、看護する側の気持ちなどもよく当てはまりました
もしものために是非、立ち読みしてみてください
2010年発表の合同句集より
81句あります 移動の合間に是非
田山先生、教室のお仲間達の巡り合わせに、心から感謝しています
エッセイ
縁側
東京から仙台へ疎開をしてそのまま移り住んだ所は、太平洋にも程近い自然豊かな農村で子供の頃を過ごした。人々は先祖からの田畑で身を粉にして、移ろう季節にしがみつくように働いていた。竹やぶや杉木立、藪椿などで囲む屋敷には作業場や家畜小屋が幾つもあった。大きな家のひさしの下には南向きに縁側が広々とあり、そこでは人声が一日中絶えない。縁側は日々の暮らしの内と外を繋ぐあまり遠慮のいらない所で、物の貸し借りをしたり畑のものを届け合ったり、一日中開け放されていた。
子供たちは隣の家の庭や縁側へ勝手に腰をかけては遊んだりしていた。思い出深いのは婚礼を控えた家の縁側に花嫁の調度品が並べられ、真新しい洗濯板や桶等が片隅に置かれていたこと。毎日楽しみに眺めに行っては、そこの姉さまがいなくなるのを寂しく思った記憶がある。日だまりで新しい野良着を縫っている姉妹の姿を昨日のようにおもいだす。
月遅れの正月を迎える頃、父は庭の根雪の中から福寿草の鉢を掘り出す。寒々しい縁側も急に正月らしい風情になったものだった。四月、遅い春には田植え前の村祭りがあり、どの家でも蓬の餅を搗く。子供たちは誘いあい身をきる寒風などものともせずに土手や原っぱで、また小さな蓬を摘み、縁側に広げては春一番の摘み草の香りを楽しんだ。季節の変わり目には海から湿った潮風が吹き、梅雨入りが近いと家中の戸や障子が重くなり、濡れ緑の猫の足跡に母の小言が多くなる。
田植えが終わるといよいよ長い梅雨空が続く。梅雨の明けきらぬ蒸し暑い夜の、夢のような記憶がある。青々とした田んぼや小川から、生まれたばかりの蛍の群れが庭先までふわふわと漂い、家を囲むように松林に透けて青白い明滅を繰り返しながら、時折、波のように大きくうねる。草いきれでむっとする縁側から眺めて、いつまでも眠くならなかった。
初秋から初冬は真冬にそなえて漬物の準備や虫干しなど、短い陽を追いかけて母は忙しく縁側を上り下りしていた。田舎での暮らしは十数年だったが、人々を暖かく繋いだ縁側も両親も疾うにない。半世紀前のささやかな思い出を初めての句集に恥ずかしながら記す事にした。
ご縁があって、田山先生の俳句と俳句教室に出会い、歳時記を手にした時、四季の有難さや暮し方を見つめ直すきっかけになりました。これからも教室のお仲間と新しい発見をしながら尽きない俳句の苦楽を共にしていきたいと思っています。
実のところ、土曜日から線路に落ちたゴミのような気分
今日は初めてお線香も手を合わせる事もやめました
F.カフカが書くならグレゴール・ザムザの気持ち
昨日書いた通り、人の気持ちって時を超えるんですね、、カフカ、、僕は最後まであんたの味方だよ
そんな夕暮れ、、母の親友からお知らせメール、、『NHKで、せっちゃん好きだったさだまさしのファミリーなんちゃらあるわよ』
こんな時、持つべきは友達です 感謝
盆休みの最後に、彼女が尊敬してた勘三郎さんのドキュメンタリーを偶然発見し、秋と2時間観る
表現し続けながら、ポリープやって、癌やって、早く永遠になってしまってって、、勘三郎さんと同じだったんだね、せっちゃん
毎日小学校行けなくて、どうしようもない僕を、、母が誘ってくれた、、初めて歌舞伎観に行ったの思い出しました
歌舞伎座で興奮しすぎて、なかなか帰りたくない僕を見て、母は電車乗っても笑ってたなぁ
彼女は1986年も、2018年も、僕への態度は一貫して変わらなかったなって
中村屋ァ!!!!!!!!!!
新たに絵本が2冊出てきたので、前回のと一緒にまとめました
小学校入学式から中学卒業式までの、とても古い写真が沢山出てきました (google photos)
『森は生きている 2013』
2013年9月7日 @かながわアートホール
手作り歌留多
僕は『さ』『よ』、あと『す』も一致しました
















































































これだけ遺品整理してきても、僕が知らなかった俳句や創作絵本が沢山でてきました
なるべく早く、公開したいと思います
今日は新盆 二泊三日でお墓から帰ってきたっぽい
おかえりせっちゃん、早かったね
歌組が来てくれて、僕たちが知らない昔話をたくさんしていただきました
秋と初お墓参り行きました
お掃除キット持っていったんだけど、、やる事ない位キレイでした
そうだよね、まだ2日だもんね
気がつけば、左には『空』、右は猫、向かいに犬、、
個性的な広場です
今日は納骨式
たくさんの方に来ていただきました
暑い中、本当にありがとうございます 彼女も喜んでいると思います
朝からすごく緊張していましたが、同時に今までの思い出がフラッシュバックして悲しみも巨大です
安らかにいてください
今日はこれから秋、晴、夏と3兄弟で母を偲ぶ会
というか、、3人で飲む会
お通夜の前日もやったね3人で
今日は、彼女の遺灰が家にいる最後の日
悲しいけど、僕たちの望んだこと
霊園は結構広いのですが、彼女の場所は霊園の一番下の広場
ヒルズ川崎聖地の、らん聖地 7-19です
8/10(金) 11:00〜 予定通り行います
彼女のゆるキャラ達3匹、、連れていこうかな
その日が最後なので、お友達でも何でもお時間許す方がいましたら是非是非、来てあげてください
色々あったけど、、なんとか図面通りにできました
たみちゃん達とヒデちゃんがちょうど今日来てくれたので皆で見に行きました
この絵本の存在は知ってはいたんだけどこうして、、彼女が作ってすぐ、広く公開してあげたかった
雰囲気出るように、所々左手で詩を書いたって言ってたの思い出しました
フェルトと鉛筆画でできた手作りの可愛い、歌絵本を2冊見つけたので、なんとかそれらしく披露したい
考案中
新盆は8/13 (月) 12:30〜に変更になりました
納骨式は8/10(金) 11:00からに決定しました
場所はヒルズ川崎聖地
お盆前に滑り込みセーフ 当初の希望が叶って良かったぁ
彼女が10年前後通った俳句教室へ挨拶行きました
お礼を伝え、すぐにと思っていたのですが、彼女の供養にもなるわよ、と快く迎えていただいたので、僕も参加させていただきました
今日の皆さんの涙が彼女との絆を物語っていますが、本当皆さん心優しい方々で嬉しいかったです
先人の知恵、アフォリズム、現代っ子の体験談はないか、ふと検索したら、関連検索ワードがびっくり
勿論これだけじゃないんだろうけど、かなり過激な検索してます
凄すぎて逆に、少し自分の気持ちを肯定できました
今日で100日の日は、彼女の夏の風物詩=冷や麦とゴーヤの天ぷらを、ヒデちゃん家でご馳走になる
忘れずさつまいもの天ぷらも仏壇にね
昔むかし奈良町での思い出話で、彼女の記憶に皆微笑む
人類が誕生して何億年経ったかわかんないけど、人は死んだら終わり
サティ、ヘミングウェイ、ヘッセ、コバーン、ルター、ベートーベン、マーキュリー、キング牧師、植村直己、、、etc
数億年前自身の記憶、、、ありますか ないでしょう
多分、重要なのは、死んだあと、いかに供養することではなく、、いかに人の気持ちになって相手を思いやるか、、生を全うすることではないでしょうか
多分、他者への思いやり、、其々の情熱、、それ意外できる事はないでしょう
プラス苦しいときの立ち居振る舞い、、それが全てかもしれません
お墓の納期がまだはっきりしませんが、納骨式は少し遅れて8/11か8/17になるかもしれません
洋服の整理も終えました
ポッケから飲み薬や、飴、マスク、、色々でききて、彼女の存在感を文字通り肌で感じる時間、、まぁヘビーな時間でしたが、僕しか選定できないしやるしかない
しかしながら、今日は地震で早起きしたので一気に進みました
彼女のぬくもりを感じながら作業してたのが影響してか、僕の名前を呼ぶのを何度も聞こえました
進んでやれたのは、明後日頃、永遠になって100日だからかもね
今日は遺品整理
サザエさんカルタ、奥の細道カルタ、名句カルタ、絵本カルタ、自作カルタ、どんだけもってんだよ、カルタ
彼女の直筆ノートを一冊一冊広げては、彼女の思いに胸が痛み、なかなか進まなかった
料理レシピと俳句のネタ帳がその殆どを占める
『病んで詠んで奇跡おこらぬ星明かり』
この句に打たれ、、今日は終わり
土日に仏具店に行くの、、半ば趣味みたいになってきた所でしたが、仏壇の小物もようやく仕上がってきました
あとはお墓、、早く完成しないかなぁ
お墓の仕上がり納期が未確定なのですが、納骨式は8/4 11:00を予定しています
食事とか費用とか一切ないので、来れる方は来ていただけたら嬉しいです
しかし事前に人数等打ち合わせする予定はありません
最低限、僕と秋さえいれば、あとはお時間がある方、たまたま居合わせた方という感じで全然良いと思っています
それにお墓はずっと残るので、涼しい日にゆっくり散歩しながら来るのも良いですよね
母のお骨と一緒に入れるのもあと僅か
とても寂しい気持ちにもなります
彼女が永遠になって、3ヶ月
無理に悲しまないようする事ないよね きっと
一年位、引きずる覚悟は親父に公言してますから
蓮田、少しづつ咲きそうな気配
お墓のデザインも僕がやることになったので今まで試行錯誤していましたが、ようやく完成しました
これから職人さんたちに彫ってもらい、一ヶ月弱を経て完成となります
親父もその墓に入るらしいので、そこも考慮しつつ、彼女と心の対話を積み重ねながらデザインしました
彼女曰く『シンプルで文学的、音楽的+ウィットなもの、自然への敬意を表し、前向きなメッセージ、、、』
すると答えは身近な言葉でした
それまで色々な霊園で何が書いてあるのかをギョロギョロ調べていたら霊園は結構落ち着く場所なんだと感じました
今日は誕生日だったので、秋がお稲荷さんと春巻きを作ってくれました
位牌の脇にもグラスを注いで4人でシャンパン
親父や秋の言う通り、今日はナツおめでとうじゃなくて、産んでくれてありがとうだね、と
そうだね、母さんありがとう
死後の価値観について皆で色々と話し合ってきましたが、様々な観点において、バランスの取れた良い場所が見つかりました
例えば、、、彼女の希望だった、残った人に負担をかけない
霊園なら駅から歩いて10分以内+坂がない
タクシーを拾いやすい大きな駅
緑豊かで生き物の声が沢山聞こえる
彼女好みの庭に囲まれている、、、etc
当初は樹木葬、散骨などを予定していましたが、ここなら植物や小動物と戯れながらゆっくりと休めるのではないかと考え、ここに埋葬することになりました
また、来年4月頃としていましたが、なるべく早く休ませてあげようという考えに皆一致したので、お盆前には一通り終えて、初盆にお迎えしたいなって思っています
この考えに至るまでに、様々な助言をしてくれた方に感謝しています ありがとうございます
場所はヒルズ川崎聖地 小田急線鶴川駅から徒歩10分
そっかぁ、、せっちゃん天国行ったらヒルズ族なんだね
駅から10分なのに道のりはこんなに彼女好み
彼女の魂 散策しにウロウロするだろうな
実家近くの蓮田、ここまで伸びました
花はまだだけど、それにしても爽やかな景色
奥の小さな神社は彼女が俳句のネタ探しによく通ってた所です
銀杏の木以外何もないけれど、一応ガラガラとお賽銭箱はあります
親父と買い物 こんなの買いました
あまりそれっぽくないもので、少しずつ揃えています
初盆は8/15になりました
彼女の残した本や服、雑貨など必要な方に差し上げるので、それも兼ねて、結構沢山の方に来てくれます
『昔懐かし夏ご飯』を秋と考案中
気晴らしに傷心旅行 親戚のりょうたんと天神デート
福岡では今回の事を『節子ロス』と言うらしい
突然の訪問にも、皆に良くしてもらいました
身内のカメラによるアルバム一応できました
リクエストのあったプロジェクターで使用した写真も一式入っています(ダウンロード可)
量が多いので、こちらのgoogle photos経由で御覧ください
ご参加いただいた方で、他に写真ありましたらグーグルアカウントをお持ちでしたらご自由に直接アップロードをお願いします
他の方法がよろしい方は蔵野(夏)までメールをお願い致します
今日は正確に数えるとあれから49日です
日曜日に撮った写真は準備していますので暫くお待ち下さい
昨日は皆様 遠い所からお集まりいただき、本当にありがとうございます
元を辿れば、お別れ会→偲ぶ会→かく語りき となった訳です
人のお別れ会が楽しかったって、、なんて素敵だと思いませんか
様々な気持ち、思い出が七色詰まったような会になりましたよね
彼女らしい、彼女の仲間達らしいではありませんか
きっと母もあそこに居て、一緒に話し→歌い→笑い→泣き→1人ひとりハグしていたでしょう
↓は手術後に母と計画していた会のポスター素案です
四十九日法要を行いました
今日は人生で2番目位にとても悲しい
時間は容赦せず流れていくのだともつくづく感じた
明日は沢山の方に会って、パワーをもらいたいです
一般的に49日迄が霊がいるとのこと
そしたら今夜が一緒に入れる最後の夜なのかなぁ
母が愛したゆるキャラ達と共に一緒に寝ようかな
母さん、、今までありがとう 愛しています
お線香が煙くて涙共にクシャミ止まんない
僕も気持ち、切り替えなければいけない
ヒデチャ、、ありがとう 頑張る
早いもので明後日は法事
明々後日は母の会
4,5月と、、今まで体験した事ない時間の流れだった
山猫節子 かく語りき まであと6日
秋シェフの台所、忙しくなってきました
詳細はこちらから確認できます
偲ぶ会で、参加してくださる方の追加がとっても嬉しいことに!!!
普段ならありえないメンツで超超超ビックリ
母も幸せだと思います
本当に皆さんどうもありがとう
料理班・絵本班・音楽班・語り班、、、皆さん準備はよろしい?!
P.S. まーさん、、また元気な時に会いましょう
今は身体大事にしてください
その代わり、我らがアサエ様は厳重にお借りいたします!
偲ぶ会の詳細はこちらから確認できます
みなさん、本当にどうもありがとう
感謝しきれなくて困る
1950年頃?の写真発見
左からヒデチャ・まーさん・母 みんなカワイイ
先日仮決定としていた、四十九日法要は予定通り5/26 淵野辺 湘和礼殯館に決定
お別れ会は5/27 下北沢 アレイホールに決定しました
日時、場所ともに皆様には大変ご不便をおかけしますが、ご理解ご協力のほどよろしくお願い申し上げます
お別れ会の詳細はこちらから確認できます
母の本位牌、仏壇も決まりました 結構母好みかも
四十九日法要は5/26 場所は湘和礼殯館 淵野辺に仮決定
お別れ会は5/27 アレイホールで仮決定です
告別式を終えました
母は家に戻って、お茶とお菓子を召し上がってます
遠いところから来てくれた方々へ、本当にどうもありがとう
お友達の方々へ、心から感謝しています
母のお通夜、無事終えました
家族葬だからお友達は来れないけれど、みんなの分も心こめて、手を合わせました
母はいま、何処にいるんだろう
母のことだから、今頃一人ひとりみんなに会いに行ってるかもね
また明日ね、せっちゃん
昨夜は秋・晴・夏 3人だけで、明け方近くまで母の隣で酒盛り この組み合わせはこの先無いんじゃないかな
母が退院した時用にとっておいた、福岡のまーさんから頂いた芋焼酎数本、、献杯に献杯を重ね、、全部飲んじゃった
明日はお通夜
信じられないけど、仕方がない
母は夕方家に帰りました なにこれ超優しい顔
母は、今まで本当によく頑張ったんだし、やるべきことは全てやりました
だから僕は今はスッキリ後悔なく過ごせています
来週のお通夜、告別式は身内だけで行いたい意向なのですが、それまで時間はあります
もし皆様のお時間が許すのであれば、母の顔を見に来てくれる方がいましたら、是非とも会ってあげていただけますか
母に会える日曜日まで僕はずっと家に居ますが、念のため、会いに来る旨、僕の携帯にショートメールでも構いませんのでお伝えいただけたらと思います
080-9426-4303 蔵野夏
昨夜夕ご飯を終え、20時頃母を寝かしつける時、呼吸困難に陥り、母にとって最大の、激しく、厳しい状態に
翌朝3時過ぎまでずっとずっと緊急の点滴をして、朝の5時頃呼吸が落ち着くも呼吸のダメージは相当
10:30頃、一旦家に帰った僕が病室に戻ると様々なバイタル指数が低下
母の顔を撫でる間にゆっくり、
母を撫でるうちに穏やかになり、あの、いつもの優しい顔になりました
同時にみんなへの感謝を、精一杯想いにしているように見えました
10:56 母は僕たちの永遠になりました
様々な支度ごとがありますので、母の親戚の方にはアッチャから、友人へは僕から連絡致します
母はいつも、その途方もなく長い、苦しい時間が過ぎると突然目を開け、瞳の輪郭を青くし、視線は僕と病室の壁を普通に貫通し、結構先をしばらく見つめる
そのあと汗を溜めた顔に、差し出した吸い飲みで水をゆっくり飲む表情は、暗闇嵐を乗り越えた船長の顔そのものなんです本当に
こうして落ち着くまで僕は、母の呼吸1回1回全てを手漕ぎボートで乗り越えるような気持ちでいます
1日の痛み止めのベースアップをする事に
これによって痛みを感じる回数は軽減されるけど、ぼんやりしたり、寝ている時間が長くなるかもしれない
でも母を苦しめたくない
少し前から先生、家族と話し合っていて、バランスを見極める事が難しい事でした
今日から処方されれば母は幾分楽になれるはず
昨夜は明け方まで、息苦しさと戦いました
今朝は鼻からの酸素量を増やしたら、楽になれたようです
だから、午後はのんびり 静かに 過ごせますように
昨日は日曜日にヒデチャに頂いたお稲荷さんやアイスを少し食べたり、午後にはストレッチをしながら親父と話できたようです
痛み止めを投与すると食欲がなくなる時が多々あるので、慎重に、敏速に、構えています
真夜中に点滴する中、カーテンの隙間からご褒美発見
月が、横になる母の目線、窓のちょうど真ん中へ
数カ月ぶりに見えて一言
「あら いいこと」
寝付くまでの約30分、母はその半月を静かに見つめていました
入院しました
本日、退院します!やった
僕のメモとして再開
こうして1週間近況報告してきましたが、今後は皆様の心のご声援、見守り頂けだら幸いです。こちらは一旦終了し母が無事復帰次第、皆様の前に顔出すまで精一杯努力してまいります。